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第6話 あなたは姉ではない③

مؤلف: なつめ
last update تاريخ النشر: 2026-07-09 22:44:43

 ゼルヴァンはそんな彼女を見ても、声を荒らげなかった。近づいてもこない。怒鳴りつけるでもなく、扉を開けて人を呼ぶでもなく、ただ静かにこちらを見ている。

 その静けさが、むしろ残酷だった。

「……申し訳」

 やっとのことで出た声は掠れていた。

「申し訳、ございません……」

 それしか言えなかった。何から先に詫びればいいのかもわからない。姉が失踪したことか。家が自分を差し出したことか。辺境伯を欺いたことか。手紙のやり取りの中へ自分の言葉を混ぜ込んでいたことか。どれも、どれも詫びても足りない。

 けれどゼルヴァンは、謝罪の言葉を途中で遮るようにわずかに首を振った。

「責めるために来たわけではない」

 その一言に、セレフィアはむしろ混乱した。

「……え」

「今はまだ、何があったかを聞く前に、まずこちらの認識だけを伝えるべきだと思った」

 認識。

 その言葉の選び方が、ゼルヴァンらしいと思ってしまう。怒りや感情をぶつけるのではなく、まず事実の輪郭から置く。まるで書簡の文面のように。

 セレフィアは唇を開いたが、声が出ない。

 ゼルヴァンは少し視線をずらし、暖炉の火を横目に見た。そしてまたセレフ
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     戸口に近い側のベンチへ座る者は、どうしても隙間風を受ける。火鉢の熱は中央には届くが、奥の壁際には回りにくい。濡れた手袋を置く棚と、乾いた毛布の置き場が近すぎて、湯気の湿り気が移る。どれも一つひとつは小さい。だが帰還した兵の肩の強張りや、洗濯係の女が保温室から出たあとにまた咳をしていたことを思い出すと、その小ささが気になってしまう。「ここも、少しだけ……」  セレフィアは火鉢の位置を見ながら呟いた。 一緒に来ていたバルタザルがすぐに反応する。「何かお気づきに?」 セレフィアは彼のほうを見た。老執事の目は、いつものように落ち着いている。驚きも否定もない。ただ、言うなら聞く、という静かな構えだ。「火鉢の熱が、入り口の風に負けている気がします」  セレフィアは言葉を選びながら続ける。 「戸口側へ低い衝立のようなものがあれば、少し違うかもしれません。あと……」  視線を棚へやる。 「毛布の置き場を、濡れ物からもう少し離せないでしょうか」 バルタザルは頷き、部屋の端から端まで目で測った。「衝立と、毛布棚の位置替え」  短く繰り返す。 「理にかなっておりますな」 その一言だけで、セレフィアはまた少し胸が熱くなる。理にかなっている。ここでは、それが何よりも大事な承認の言葉なのだ。 そして三つ目は、毛布の配布管理だった。 これはもっと些細なことのように見える。けれどセレフィアには、その些細さこそ放っておけなかった。城の中で使われる毛布は、厚さも織りも少しずつ違う。新しいもの、古いもの、補修されたもの、冬の盛り用の厚手、保温室用の中厚、客間の見た目を損ねぬよう整えられたもの。王都なら、そうした違いはまず「見栄え」と「格式」で振り分けられる。だがここでは本来、使う場と人で分けるべきなのだろう。 ところが実際には、補修に出す時期や戻る順がまちまちで、時折、厚手のものがまだ冷えの残る持ち場へ回らず、逆に軽い来客用のものが余っていることがあるらしい。ミレナが「洗い替えのたび、少し迷うことがある」と小さくこぼしたのが最初だった。 セレフィアはそれを聞いて、数を数えたくなった。 何枚あるのか。どこへ回っているのか。補修中のものは何枚で、次に戻るのはいつか。札をつけるだけで混乱は減るのではないか。色糸一本でも違いがわかれば、夜の配布で迷う時間も減るのではな

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     雪夜の小屋から戻って三日ほどのあいだ、城の空気は少しだけ忙しかった。 吹雪のあとには、かならず細かな遅れや傷みが出る。山道の様子を見に出た兵が持ち帰る報告、橋板のきしみ具合、荷駄の通れる幅、谷沿いの湿り気。どれもすぐに人が倒れるような大事ではない。けれどそうした小さなずれが、放っておけばじわじわと人の疲れや備蓄の目減りへつながるのだと、セレフィアはもう知っていた。 だから戻ってきた翌日から、彼女は城の中を以前より少し違う目で見るようになった。 東翼の窓際に置かれた薬草の束が、午前と午後で湿り方を変えること。巡回帰りの兵がまず立ち寄る保温室の火鉢が、部屋の端まできちんと熱を回していないこと。洗濯場の女たちへ配られる毛布の厚みが、日によって妙にまちまちであること。どれもぱっと見ただけでは「まあそういうものか」で流せる程度の差だ。けれど、一度気づいてしまうと、その差が誰かの喉や指先や眠りにどう響くのかが、ひどく鮮明に見えてしまう。 それは不思議な感覚だった。 王都にいた頃も、細かなほころびにはすぐ気づいた。姉の返書の癖、帳面の数のずれ、茶会の配分の足りなさ。けれどあちらでその目は、たいてい誰かの見栄えを整えるためだけに使われた。ここでは違う。城の中の小さな乱れが、人を少しでも楽にする方向へ繋げられるのではないかと、自然に考えるようになっていた。 きっかけになったのは、薬草乾燥庫だった。 薬草茶を配るようになってから、セレフィアはしばしばネリサと一緒に乾燥庫へ出入りするようになっていた。最初は必要な瓶を出してもらうだけだったが、やがて束の減り方や、乾燥の具合そのものが気になりはじめる。冬の終わりから春先にかけては喉や胸を守るための茶がよく出る。城の中で働く人間だけでなく、巡回から戻った兵も使う。ならば、乾燥の質が少し落ちるだけでも、効き方も煎じる量も変わってしまう。 その日も、セレフィアはネリサとともに乾燥庫の棚の前に立っていた。 外はよく晴れていたが、乾燥庫の中は陽があまり入らない。高い棚に並ぶ薬草の束と、布袋、瓶詰め。空気は乾いているはずなのに、扉の近くへ寄ると、ごく薄く湿りを含んだ風が流れ込むのを感じる。乾いた葉の匂いの奥へ、木の板が水気を含んだ時のような匂いが、ごくわずかに混じっていた。 セレフィアは一本の束を持ち上げ、指先でそっと葉先を確か

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    「帳簿のほころびにも、薬草茶にも」  セレフィアは毛布の端をそっと握る。 「小さなことだからと、決して流さないのは」  喉の奥が少し熱くなる。 「そこから人が失われることを、知っておいでだから」 ゼルヴァンは返事の代わりに、ほんのわずかだけ目を細めた。肯定とも否定ともつかぬ、その静かな変化だけで十分だった。たぶん、それが答えなのだとわかる。「大した話じゃない」  彼はやがてそう言った。 「よくある失敗だ」「でも」  セレフィアは、珍しくすぐに言葉を返した。 「それを“よくある”で済ませないところが、あなたなのだと思います」 言ってから、自分で驚く。こんなふうに真っ直ぐな言葉を彼へ向けたことが、今まであっただろうか。しかもこの狭い小屋の、火の匂いと吹雪の音の中で。 ゼルヴァンは一瞬だけ沈黙した。 それから、ごく低く息を吐く。笑ったのかもしれない。だがその笑いは表へ大きく出ない。火の明かりの中で、口元の線がほんの少しだけゆるむだけだ。「買いかぶるな」  彼は言った。 「俺はただ、二度同じ形で失うのが嫌なだけだ」 その率直さに、セレフィアの胸はかえって強く打たれた。謙遜でもなく、英雄ぶりでもない。ただ嫌だからだと、そう言ってしまえるところがこの人らしい。そしてその「嫌だ」が、結局は人を見捨てぬことへ繋がっている。 セレフィアは毛布の中で自分の指先をそっと開いた。胸の中の熱は、もう以前のように甘いだけのものではない。ずっと深く、ずっと静かな、けれど逃れようのない熱になっている。 この人のそばにいたい。 それはもはや、名前を呼ばれたいとか、近くにいて胸が乱れるとか、そういうだけの願いではなくなっていた。彼が守ろうとしているものの近くに、自分もいたい。この人が見捨てぬと決めたものの側へ、自分の意志で立ちたい。 それが恋なのだと、いまはもうはっきりわかる。 吹雪はまだ外で鳴っている。だが小屋の中の静けさは、先ほどまでと少し違った。火の明かりの中で交わされた短い言葉が、見えない形で空気を変えてしまったのだ。「……ありがとうございます」 セレフィアは低く言った。「何に対してだ」「話してくださったことに」  そして、少しだけ息を整える。 「それから……目の前の者を見捨てる気はないと、聞かせてくださったことに」 ゼルヴァンはし

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  • 姉上の代わりに嫁いだ私を、辺境伯は最初から見抜いていた   第20話 守ると決めたもの①

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  • 姉上の代わりに嫁いだ私を、辺境伯は最初から見抜いていた   第19話 雪夜の小屋⑤

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